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京都地方裁判所 昭和28年(行)16号 判決

原告 株式会社星久

被告 中京税務署長

訴訟代理人 今井文雄 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和二六年七月三一日付でなした昭和二五年一月一日より同年一二月三一日迄の間の事業年度の原告の所得金額を五、八三一、一〇〇円、法人税額二、〇四〇、八八〇円とした更正処分を所得金額五、〇六一、四〇〇円法人税額一、七七一、四九〇円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告指定代理人等は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告訴訟代理人は次のとおり述べた。

(請求原因)

(一) 原告は青色申告納税者たる法人(株式会社)であるが、昭和二五年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という)の所得金額を四、九九八、二〇〇円法人税額一、七四九、三七〇円と申告した。被告はこれに対し昭和二六年七月三一日所得金額五、八三一、一〇〇円、法人税額二、〇四〇、八八〇円と更正する旨の決定をなし、該決定は同年八月一六日原告に通知された。

(二) 原告はこれに対し同年八月二七日被告に再調査の請求をしたところ、被告は昭和二八年一月二九日右請求を棄却する旨の決定をなしその決定は同日原告に通知された。そこで原告は同月三〇日大阪国税局に対し審査の請求をしたところ、同国税局は同年八月八日右請求を棄却する旨の決定をなしその決定は同月一〇日原告に通知された。

(三) しかしながら右更正決定は違法であるからその変更を求める。

(被告の主張に対する答弁)

(一) 松居久一郎が原告の代表取締役であること、松居久佐エ門が同監査役であること並びに原告が被告主張の金員を役員賞与として損金に計上して申告したことは認める。

役員賞与を損金に計上することは原告の現に会計上の処理として行つているところであり、商法第二八一条第五号によつてこれを利益金処分に計上しなければならないといういわれはなく、会社の本質からして役員賞与は株主の持分を減少するもので損金であり、英独米等の諸国においてこれを損金として処理することは会計上税法上確立した原則で我国においてもその様に解するのが学説であり、又企業再建整備法施行規則第二条第一項ト(ニ)の「会社財産の管理に要する費用」のうちに常務役員の賞与を損金に計上する様主務大臣より指定があり、役員賞与の損金性は理論上も実務上でも承認された会計原則であつて、法人税法の損金の解釈もこれにしたがわなければならない。しかも役員賞与を利益処分とすれば、同一利益について法人では法人税を、個人では所得税を課せられ二重課税の不合理を生ずる。

財務諸表規則で役員賞与を利益金処分に計上すべきことを定めているのは証券取引法の趣旨にも反し、理論上、実務上に承認された公平妥当な会計原則を示すものではない。

(二) 什器備品の減価償却額について、原告の損金計上額及び被告の更正の基礎となつた計算が被告の主張するものであることは認める。

(三) 原告が店舗改造費として一四〇、〇〇〇円を損金に計上していること、被告が主張の様な計算にしたがつて否認したことは認める。

右店舗改造費は訴外中村長太郎が同誉仁合資会社から賃借していた建物の一部を原告が貸主に無断で転借し、これを本店として改修した費用で原告は改修費について私法上求償権を持たないから原告の資産でなく経費である。

被告の資本的支出の主張は法人税法施行規則第一〇条の二の「その有する固定資産」の文言に反し、又原告は所有者に対しては賃借権も何もない占有者であるから賃借権のあることを前提とする被告の主張は当らない。

(四) 原告が一五〇、〇〇〇円を貸倒準備金に計上したこと、被告の否認の基礎となつた計算が被告主張の通りであることは認める。

受取手形を割引した場合貸方に受取手形割引高を借方に同じ金額を受取手形割引求償権として記帳するわけで、この求償権は当時の手形取引の実状よりすれば法人税法施行規則一四条第一項に云う「これらに準ずる債権」に含まれるものであり、現に昭和二九年三月二五日直法一-六五の通達によつてその様な取扱が認められている。

二、被告指定代理人等は次のとおり述べた。

(請求原因に対する答弁)

(一) 請求原因(一)、(二)は認める。

(二) 同(三)は争う。

(主張)

(一) 原告は本件事業年度において原告代表取締役松居久一郎に支払つた賞与四四六、五〇〇円及び同監査役松居久左エ門に支払つた賞与一三二、〇〇〇円計五七八、五〇〇円を損金に計上しているがこれは利益金処分であると認むべきものであるから否認した。

法人税法上法人の所得は一般に公正妥当と認められる会計原則にしたがつて算定されなければならないのであるところ、役員賞与金は商法上も本来株主に帰する利益から株主の意思により与えられる謝礼金で、委任事務処理に対する報酬とは異るものと解され、古くからこれは法人税の課税対象ときされ、利益金処分に計上するのが会計慣行であり、財務諸表の用語様式及び作成方法に関する規則(財務諸表規則)でもこれを利益処分に計上することを定めているのであり、役員賞与金を利益金処分とすることは公正妥当な会計原則である。

役員賞与を損金として計上することは吾国の社会生活の現状からみて原告主張のように承認された自明の会計原則ではない。

企業再建整備法には原告の述べている趣旨の規定もなく、同法にもとずいて政府がその様式を一定した事実はない。原告は二重課税を云うが法人これ自体が課税主体であるとする法人独立課税主体説によれば勿論のこと、個人源泉課税説に立つても役員は法人企業の所有者として賞与をうけるのでなく、企業所有者たる株主の意思によりうけるのであるから法人の利益即役員の利益とは観念されず二重課税の非難は当らない。

(二) 原告は什器備品の減価償却額として八、三六〇円を損金に算入しているが定率法による正しい減価償却額は八、二四〇円である。即ち

償却額計算の基礎となる金額 四〇、〇〇〇円

法定耐用年数 一〇年

右耐用年数に対応する償却率 二割六厘

算式 40,000円×(20.6/100)=8,240円

よつて、差額一二〇円を償却超過額として否認した。

(三) 原告は店舗改造修理費として一四〇、〇〇〇円を損金に算入しているが、被告はこれを資本的支出と認め損金に算入することを否認し減価償却によることとした、減価償却額は一三、一六〇円である。即ち、

償却額計算の基礎となる金額 一四〇、〇〇〇円

法定耐用年数 一五年

右耐用年数に対応する償却率 一割四分二厘

当該設備取得の時期から本件事業年度終了の日までの日数 八ヶ月

本件事業年度の月数 一二ヶ月

右期間に対応する償却率 九分四厘((14.2/100)×(8/12))

算式 140,000円×(9.4/100)=13,160円

よつて右一三、一六〇円のみ損金に算入し、その余の一二六、八四〇円を損金に算入することを否認した。

原告が改造修理した店舗は訴外中村長太郎が同誉仁合資会社から賃借していた家屋の一部を原告が右中村から転借したものであることは認めるが、転借につき貸主の承諾があつたかどうかは不知である。既存の固定資産のために加えられた支出は、その資産が自己所有か賃借物であるかを問わず、その耐用年数を増加し、あるいは価値を増加させるものは資本的支出であつて所得計算上損金とならず(法人税法施行規則第一〇条の二)減価償却することとなるのであり、本件一四〇、〇〇〇円の支出で原告は事務室を作つたもので資本的支出と認めた。原告は右改修費について所有者に対し費用償還請求権(民法第一九六条第二項)又は償金請求権(同法第二四八条)があり、原告が右建物を明渡しても資産に増減なく、仮に右請求権がなく、無償で明渡さなければならなくなつたとすれば、その年度において未償却額を損失に計上すればよい。

(四) 原告は昭和二八年政令一六三号による改正前の法人税法施行規則第一四条により貸倒準備金として一五〇、〇〇〇円を損金に算入しているが、その計算の基礎となつた債権のうちには割引した手形金額を含んでいる。即ち、原告は本件事業年度において売掛金六、五七三、六六七円、受取手形四三、五〇四、三二九円、前渡金二、五〇〇円合計五〇、〇八〇、四九六円の債権を有するが、右債権の中には、割引かれた手形金額が二一、五〇七、二五四円含まれており、このような手形債権は右規定にいう債権にあたらないから、これを控除して算出すると正当な損金繰入額は八五、七一九円である。

即ち、

A、期末債権額 二八、五七三、二四二円

B、期末債権額の千分の三相当額 八五、七一九円

C、期末債権額の月数換算額 八五、七一九円

D、所得金額 五、九一六、八六四円

E、所得金額の百分の二十相当額 一、一八三、三七二円

F、C又はEのうち低い金額 八五、七一九円

よつて一五〇、〇〇〇円と右八五、七一九円の差額六四、二八一円を損金に算入することを否認した。

法人税法施行規則第一四条の規定は税法上所得計算の発生主義の例外であり厳格に解釈されねばならず、同条にいう債権は少くとも債権として成立していることを要し、受取手形を割引した場合の求償権のように債権の発生そのものが偶発的条件にかかつているようなものまでふくまれない。原告主張の記帳方法は一つの方式にすぎず財務諸表規則では割引手形は受取手形から除去し脚註にその金額を掲記するに止めている。原告引用の通達は手形流通状況の悪化にともなう当座の措置で、適用対象は昭和二九年四月以降申告期限の到来するもののみである。

第三、証拠〈省略〉

理由

原告が青色申告納税者たる法人(株式会社)であること、原告が本件事業年度の所得金額を四、九九八、二〇〇円、法人税額一、七四九、三七〇円と申告したのを被告が昭和二六年七月三一日これを所得金額五、八三一、一〇〇円法人税額二、〇四〇、八八〇円とする更正決定をなし、該決定は同年八月一六日原告に通知されたこと、原告は同月二七日被告に再調査の請求をしたところ、被告は昭和二八年一月二九日右請求を棄却する旨の決定をなし、該決定は同日原告に通知されたこと、原告は同月三〇日大阪国税局に対し審査の請求をしたところ、同国税局は同年八月八日右請求を棄却する旨の決定をなし、該決定は同月一〇日原告に通知されたことは当事者間に争いがない。そこで、以下順次各争点につき、判断を進めることとする。

一、株式会社の役員賞与は税法上損金とすべきか。

松居久一郎が原告の代表取締役、松居久左エ門が同監査役であること。原告が本件事業年度において右久一郎に四四六、五〇〇円、右久左エ門に一三二、〇〇〇円をいずれも役員賞与として支給したこと、原告は右金員をいずれも損金に計上して申告したことは当事者間に争いがない。

ところで被告は右役員賞与金は全額が右年度の所得額算出上益金に計上されるべきであると主張するのに対し、原告はこれを争い役員賞与は右年度の損金に計上されるべきものであると主張するので、この点につき考察する。法人税法第九条第一項は「内国法人の各事業年度の所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」旨規定する。右にいわゆる総益金とは法令により別段の定めあるものの外資本の払込(対資本主取引)以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいい、総損金とは法令により別段の定めあるものの外、資本の払戻又は利益の処分(対資本主取引)以外において純資産の減少の原因となるべき一切の事実をいうものと解するを相当とする。そして株式会社の役員に対する賞与金なるものは、会社に利益が生じたばあいに、本来株主に帰すべき利益を株主の意思に基いて取締役、監査役に対し、支給される謝礼金であつてそれは利益処分たる性質を有するものであり、その支給は法律上全く義務づけられているものではないからそれは事業の遂行に必要な経費とはいえない。従つてまた役員賞与は定款または株主総会の決議によりあらかじめ定められた報酬額の範囲内で取締役、監査役の職務執行の対価として会社に利益が生ずると否とを問わず会社が委任乃至準委任契約上の債務として支給する報酬とは全くその性質を異にするもので、取締役、監査役に対する報酬が会社の必要経費として法人税法上損金算入を認められるのに反し、役員賞与は利益金の任意処分たる性格を有し、とうていその事業遂行に必要な経費といえないから損金算入は認められず、法人税法上課税の対象となるべきものと解すべきである。従つて役員賞与をかりに損金に計上したとしても税法上そのような措置は是認さるべきではない。(以上のとおりで役員賞与の損金不算入の原則は法人税法施行規則第一〇条の四は昭和三四年度政令第八六号により始めて確立されたものでなく従前からもかく解される)右と見解を異にする原告の主張並に役員賞与は実質的には役員の役務に対する対価であるから当然事業経費として損金に算入されるべきものであり、たとえ益金処分の形式をとつていても税法上は損金に算入されるべきであるとする鑑定人中川一郎の鑑定の結果は、わが法人税法上の解釈として採用することは出来ない。してみれば原告が本件事業年度において原告代表取締役松居久一郎に支払つた賞与四四六、五〇〇円及び同監査役松居久左エ門に支払つた賞与一三二、〇〇〇円計五七八、五〇〇円を損金に計上したものを利益金処分と認めて否認した被告の処分は適法であるといわなければならない。

二、什器備品の減価償却額について。

本件什器備品の取得価額(償却額計算の基礎となる金額)が四〇、〇〇〇円であることは原告の明らかに争わないところであるから自白したものとみなすべきである。

ところで法人税法第九条の八第一項、昭和二六年政令第一七二号による改正前の法人税法施行規則第一三条第一項第六号によれば、什器備品の償却額は所得の計算上損金に計上することができ、昭和二六年政令第二二号による改正前の同規則第二一条第一項第二号により定率法によつて償却額を算出すると、昭和二六年大蔵省令第四九号による改正前の法人税法施行細則第二条別表一によれば什器備品のばあい法定耐用年数は一〇年であり、右耐用年数に対応する償却率は同施行細則第三条別表四によれば二割六厘であるから本件什器備品の減価償却額は八、二四〇円である。したがつて八、二四〇円を償却額として損金に計上した被告の処分は正当である。

三、店舗改造修理費について。

原告が店舗改造修理費として一四万円支出したこと、右店舗は訴外中村長太郎が同誉仁合資会社から賃借していた家屋の一部を原告が右中村から転借したものであることは当事者間に争いがない。しかして証人吉岡乙の証言によれば、右転貸借について同誉仁合資会社の承諾はなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。なお、右改造修理の日から本件事業年度終了の日までの日数が八ヶ月であることは原告の明かに争わないところであるから自白したものとみなすべきである。

ところで法人が建物機械等の固定資産を事業の用に供している場合これらの固定資産につき通常の管理、修理のための支出のほか部分的な取替改良等のための支出がなされることも多いが昭和二八年政令第一六三号による改正前の法人税法施行規則第一〇条の二によれば、右のうち耐用年数乃至価値を増加させるものは所謂資本的資出として所得計算上これを損金に算入しない旨規定している。そしてこのことは当該固定資産が自己所有であると賃借物乃至無断転借物であるとによりその扱いを異にすべきものではない。けだし、賃借物のばあいは勿論、無断転借物のばあいにも改修者は改修費につき所有者に対して民法第一九六条第二項による費用償還請求権乃至同法第二四八条による償金請求権を有するから、仮に賃借物乃至転借物を所有者に返還しても改修者の資産に増減を来すものではないからである。しかして本件一四万円は店舗改造修理費であつて右に所謂資本的支出であることは明らかであるから、これを損金に算入すべきでなく減価償却によるべきであつてその償却額は昭和二六年政令第二二号による改正前の法人税法施行規則第二一条第一項第二号、昭和二六年大蔵省令第四九号による改正前の法人税法施行細則第二条別表一(建物木造の項の昭和二〇年以後建築のものを適用)、同細則第三条別表四、同細則第四条第二項により算出するに被告主張のように一三、一六〇円であることが明らかである。してみれば、被告が店舗改造修理費一四万円を全額損金に算入することを否認し、減価償却によることにし償却額一三、一六〇円のみを損金に算入しその余の一二六、八四〇円を損金に算入することを否認した被告の処分は正当である。

四、受取手形を割引いた場合、割引かれた手形金額につき、貸倒準備金を設定しうるか。

本件事業年度において原告が売掛金六、五七三、六六七円受取手形四三、五〇四、三二九円、前渡金二、五〇〇円、合計五〇、〇八〇、四九六円の債権について一五〇、〇〇〇円を貸倒準備金に計上したこと、右受取手形のうちには割引かれた手形金額二一、五〇七、二五四円を含むことは原告の明らかに争わないところであるから自白したものとみなすべきである。そこで右割引手形金について貸倒準備金を設定しうるかどうかについて考えてみる。

昭和二八年政令第一六三号による改正前の法人税法施行規則第一四条によれば、「青色申告書を提出する法人が、各事業年度において有する売掛金、貸付金、前貸金その他これらに準ずる債権(当該法人が当該債権に係る債務者から受け入れた金額があるため実質的に債権とみられないものを除く。以下「貸金」という。)の貸倒による損失の補てんに充てるために」一定範囲内の金額を「貸倒準備金勘定に繰り入れ」これを「当該繰入をなした事業年度の所得計算上」損金に算入することを許容している。右規定は法人税法の委任立法であるが、右貸倒準備金の損金算入に関する制度はわが国では一つの特典の性質をおびたものとして(イ)青色申告者に限りこれを認めることになつており、(ロ)その内容は、結局、現実に貸倒なくとも損金として控除しうる部分が無条件にできる点にあり、(発生主義の例外)(ハ)その特色は毎年度の繰入の累積が許される点にある。

他方右規則一四条にいわゆる「貸金」とは各事業年度において有する売掛金、貸付金、前貸金その他これらに準ずる債権に限られている点からみて右債権は結局金銭債権中債権の発生が確定しているものに限られ、広く法律上は金銭債権であつても「当該法人が当該債権に係る債務者から受入れた金額があるため実質的に債権とみられないもの」は除外される。また停止条件附又は始期付債権の如く当該期末において未だ条件未成就始期未到来のいわば未発生の債権はこれに含まれないものと解さねばならない(このような債権は貸借対照表上債権の評価としては無として取扱われ、少しも手をふれないのをその取扱とする)。今これを本件について考えるに、受取手形は原因債権の弁済に代えて受取つたものであれ、その支払の確保のために受取つたものであれ、これを資産勘定にいれる以上は右手形債権は確定債権であるから右受取手形金について貸倒準備金を設定しうることは疑いない。ただこの場合に原因債権についてみれば、前者の場合(代物弁済として手形を受取つた場合)は消滅するから問題とする余地がないが、後者の場合(支払確保のために手形を受取つた場合)は手形債権と併存することとなる。しかし後者の場合でも、それだからといつて手形債権と原因債権と二重に貸倒準備金を設定することが出来ないことは勿論であるが、この場合手形債権を不問にし原因債権について貸倒準備金を設定しうるか否については疑問がある。しかし税法の解釈上この場合は手形債権について貸倒準備金を設定すべく、原因債権については貸倒準備金の設定は許されないものというべきである。けだし、原因債権と手形債権とが併存する場合、原因債権に基く履行の請求と手形の返還義務は同時履行の関係にあるからである。このような同時履行の抗弁権その他相殺の抗弁権の附着した債権は規則九条にいう貸金にあたらないから、「既存債権については貸倒準備金を設定することはできない」ものと解するを相当とする(個別通達昭和二九年三月二五日直法-六五の(一)はこのことを明言したもので右通達前もかく解される)。次に法人が受取手形を割引した場合について考えるにこの場合当該法人はもはや手形所持人でなく、従つて確定的な手形債権を有するものではないから、該手形金について貸倒準備金を設定しえないものといわねばならない(けだし受取手形とは、簿記計算上の用語で資産勘定に属すべき手形で、自己が手形債権者として保有している手形をいうのであつて、受取手形を割引に付した場合はもはや手形の保有がないから手形債権者ではない)。基本通達一一一において「(ニ)受取手形を割引した場合のその割り引かれた受取手形の金額」を規則一四条一項の貸金に該当しないとすることは正当である(右手形債権と原因債権が併存する場合でも原因債権がもはや「貸金」にあたらぬこと前述のとおりである)。もつとも受取手形を裏書により割引いて経済的には一応の満足を得た後においても将来右手形が不渡になれば当該法人は所持人に対し遡及義務を負いこれを受戻すことによつて更に前者(債務者)に対して遡及権を取得するにいたるが、このような償還請求権は当該期末債権としては一種の停止条件附債権であり、未発生の権利であるからこれを税法上のいわゆる「貸金」と解することは失当というべく、割引手形についてはこれを受戻した年度において「貸金」として貸倒準備金設定の対象とすれば足るものといわねばならない。割引手形に対する貸倒準備金の設定については昭和二九年三月二五日直法一-六五の個別通達(ニ)においてこれを承認するところであるが、右通達が「最近における手形の流通状況等にかんがみ」昭和二九年四月一日以後申告期限の到来するものについて特別な取扱を認めんとするものであることは別論としても、そのような取扱は法人税法施行規則第一四条第一項の解釈上当然承認されるものではない。右と見解を異にし割引手形についても当然貸倒準備金の設定が認められるとする原告の主張は失当たるを免れない。

してみれば、原告が本件事業年度において有した債権額合計五〇、〇八〇、四九六円より既に割り引かれた手形金額二一、五〇七、二五四円を控除した二八、五七三、二四二円につき貸倒準備金を設定すべきもので、その損金繰入額は被告計算のとおり八五、七一九円である。しかして原告が本件事業年度において貸倒準備金として一五〇、〇〇〇円を計上したことは当事者間に争いないところ、被告が右一五〇、〇〇〇円と右八五、七一九円の差額六四、二八一円を損金に算入することを否認した処分は正当であるというべきである。

以上のとおり、被告が昭和二六年七月三一日になした本件更正決定には右いずれの点においても、何ら違法な点をみいだすことができない。それ故原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の点につき民事訴訟法第八九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 増田幸次郎 片山欽司 川口公隆)

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